神戸地方裁判所 平成9年(ワ)733号 判決 1998年4月24日
原告
安井一雄
被告
田野保雄
主文
一 被告は、原告に対し、金三〇一三万〇六〇九円及びこれに対する平成五年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一億一八四六万三三八三円及びこれに対する平成五年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負った原告が、被告に対し、民法七〇九条、自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を求める事案である。
なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。
二 争いのない事実
1 交通事故の発生
(一) 発生日時
平成五年七月一六日午前七時二〇分ころ
(二) 発生場所
神戸市東灘区住吉山手五丁目一番九号先 信号機による交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 争いのない範囲の事故態様
原告は、本件交差点を北から南へ横断しようとしていた。
他方、被告は、普通乗用自動車(神戸五四り一四三九。以下「被告車両」という。)を運転し、本件交差点を西から東へ直進しようとしていた。
そして、本件交差点内で被告車両が原告に衝突した。
2 責任原因
被告は、被告車両の運行供用者であるから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。
三 争点
本件の主要な争点は、次のとおりである。
1 本件事故の態様及び過失相殺の要否、程度
2 原告に生じた損害額
四 争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張
1 被告
本件交差点は、南北道路の方が東西道路よりも狭く、南北方向を進行する車両に対しては一時停止の道路規制があった。
被告は、本件交差点の状況をかねてから知っていたため、充分に減速して本件交差点を直進しようとしていた。
ところが、原告は、左右の安全をまったく確認することなく、小走りで本件交差点に進入し、被告車両の直前に飛び出す形となったため、被告の講じた被告車両の急制動の措置も及ばず、本件事故が発生したものである。
そして、これらの事実によると、本件事故に対する原告の過失の割合は三〇パーセント程度とみるべきである。
2 原告
仮に、本件事故に対して原告に過失があるとしても、その割合は五パーセント程度である。
五 本件の口頭弁論の終結の日は平成一〇年三月六日である。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件事故の態様等)
1 甲第四号証、第六ないし第八号証、乙第一、第二号証によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実のほかに次の事実を認めることができる。
(一) 本件交差点は、ほぼ東西に走る道路とほぼ南北に走る道路とからなる十字路であり、住宅地の中にある。
それぞれの道路の幅員は、本件交差点の西側が約五・五メートル、東側が約五・一メートル、北側が約三・四メートル、南側が約四・九メートルであり、それぞれの道路の西側に幅約〇・二ないし約〇・五メートルの側溝があるものの、歩道や路側帯はない。
また、本件交差点の北西角を構成する二辺には、それぞれ高さ約一・六メートルの石垣が設けられ、被告車両が進行してきた本件交差点の西側と原告が進行してきた本件交差点の北側とは、相互に見通しが悪い。
そして、南北道路の本件交差点の各手前には一時停止の標識が設置され、道路面にはそれぞれ停止線及び「とまれ」の標示がされている。
(二) 被告は、かねてから本件交差点の道路状況を知っていたため、被告車両を運転して本件交差点に近づくに際し、自車を減速し、時速約三五キロメートルにした。
その直後、左前方約一四・一メートルの本件交差点の北側の道路から、原告が本件交差点に進入しようとしているのを発見し、直ちに自車に急制動の措置を講じたが及ばず、約八・九メートル前進した後に、本件交差点内部で自車前部を原告に衝突させ、さらに約四・八メートル前進してようやく停止した。
(三) 原告は、右衝突の衝撃で、約七・八メートル東側に跳ね飛ばされ、路上に転倒した。
なお、原告は、本件事故により後記認定の後遺障害が残り、本件事故に関する記憶はまったくない。
また、本件事故当時、本件交差点の東側に、本件交差点を東から南へ左折しようとしていた訴外藤本由衣子運転の原動機付自転車があり、右藤本は、本件事故の直前からの原告の動き及び被告車両の走行状況を目撃していた。そして、これによると、原告が本件交差点を横断しようとした時の速さは、歩行者が普通に歩く速さよりも速く、小走りで走るという程度のものであった。
2 右認定事実によると、被告は、住宅地の中にある見通しの悪い交差点を進行しようとしていたのであるから、自車前方を横断しようとする歩行者を発見したときには直ちに自車が停止することができる程度にまで、自車の速度を減じるべき注意義務があったことは明らかである。
他方、原告にとっても、本件交差点は見通しの悪い交差点であったから、左右の安全を充分に確認した上で、本件交差点を横断すべきであったことは明らかであり、本件事故に対しては原告にも過失が認められる。
そして、右認定事実にしたがって原告と被告の両過失を対比すると、本件事故に対する過失の割合を、原告が二〇パーセント、被告が八〇パーセントとするのが相当である。
二 争点2(原告に生じた損害額)
争点2に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。
これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。
1 原告の傷害等
まず、原告の算定の基礎となるべき原告の傷害の部位、程度、入通院期間、この間の治療の経緯、後遺障害の内容、程度等について検討する。
甲第二号証の一、二、第五号証、第九号証の一ないし五八、第一二、第一三号証、弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
(一) 原告は、本件事故により、意識障害を伴う右側頭頭骨骨折、左側頭葉脳挫傷、脳内血腫、左頭頂部急性硬膜外血腫等の傷害を負い、直ちに吉田アーデント病院に搬入された後、兵庫医科大学病院に転院し、開頭術、血腫除去等の手術を受けた。
(二) 原告は、平成五年七月一六日から平成六年一月一八日まで、兵庫医科大学病院に入院した。また、同病院に、同年七月一一日から八月三日までと、一〇月二〇日から一二月一日まで、それぞれ入院した(以上入院合計二五四日間)。
(三) また、原告は、平成六年一月一九日から平成八年六月七日まで、兵庫医科大学病院に通院した(実通院日数四九日)。
さらに、原告は、平成六年一月二〇日から平成七年九月二七日まで、東神戸病院に通院した(実通院日数六七日)。
(四) 平成八年六月七日、兵庫医科大学病院の医師は、原告の傷害は症状固定した旨の診断をした。
この時点における原告の症状は、筋力等の身体機能には異常はみられないが、日常生活を営む上で不可欠な言語、記憶及び全般的な知能機能に障害がみられ、妻を妻として認識することができない、方向感覚・地理感覚が失われている、自分の意図する言葉が浮かばず、また、他人の発する言葉の意味を理解できないことが多いなどの症状がみられる。
なお、原告の右後遺障害は、自動車損害賠償責任保険手続において、自動車損害賠償保障法施行令別表二級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの)に該当する旨の認定を受けた。
2 損害
(一) 治療費等
甲第九号証の一ないし五二によると、症状固定日である平成八年六月七日までの兵庫医科大学病院の治療費として、原告が金一〇〇万九五三〇円を支払ったことが認められる。
乙第四号証の二によると、被告の加入する保険会社である安田火災海上保険株式会社(以下「安田火災」という。)が吉田アーデント病院の治療費金一四万二六五八円を負担したことが認められる。
乙第四号証の一ないし、八、一四、一五、一八によると、安田火災が兵庫医科大学病院の治療費金一五〇六万七二八〇円を負担したことが認められるところ、原告は右治療費を主張せず、被告がこれを下回る金一四九一万〇九〇〇円を主張するのみであるので、右金額の限りで兵庫医科大学病院の治療費を認める。
乙第四号証の九ないし一三、一五、二〇によると、安田火災が東神戸病院の治療費金一〇三万六三二〇円を負担したことが認められる。
乙第四号証の二〇によると、安田火災が東神戸薬局の薬品代金一万〇九五六円を負担したことが認められる。
川村義肢製作所の義肢代金一万二四一九円については当事者間に争いがない(別表欄外の注参照)。
よって、治療費等は右合計金一七一二万二七八三円となる。
(二) 入院雑費
前記認定のとおり、原告の入院日数は二五四日間であるところ、入院雑費は、入院一日あたり金一三〇〇円の割合で認めるのが相当である。
よって、入院雑費は次の計算式により、金三三万〇二〇〇円となる。
計算式 1,300×254=330,200
(三) 付添看護料
(1) 入院中の職業付添費用金一三八万四三六八円は当事者間に争いがない。
(2) 甲第一一号証、第一三号証、弁論の全趣旨によると、右職業付添費用は、平成五年九月三日から同年一二月三〇日まで八九日間分であること、原告の主張する近親者の入院付添費は一九二日分であること、右期間は、現実に近親者が付き添っていたことが認められる。
そして、前記認定の原告の傷害の部位、程度、治療の経過に照らすと、職業付添人があった時期も含め、右一九二日間については、近親者の付添が必要であったというべきである。
そして、入院期間における近親者の付添看護料としては、一日あたり金四五〇〇円の割合で認めるのが相当であるから、この間の付添看護料は、次の計算式により、金八六万四〇〇〇円となる。
計算式 4,500×192=864,000
(3) 甲第一二、第一三号証、弁論の全趣旨によると、前記認定の原告の実通院日数合計一一六日間は、近親者が付き添っていたことが認められ、前記認定の原告の傷害の部位、程度、治療の経過に照らすと、右付添は必要かつ相当なものであることが認められる。
そして、通院期間における近親者の付添看護料としては、実通院日数一日あたり金三〇〇〇円の割合で認めるのが相当であるから、この間の付添看護料は、次の計算式により、金三四万八〇〇〇円となる。
計算式 3,000×116=348,000
(4) よって、付添看護料は、(1)ないし(3)の合計金二五九万六三六八円である。
(四) 将来の看護料
甲第二号証の一、二によると、平成八年六月七日の症状固定時現在の原告の年齢は、満七一歳であることが認められる。
そして、右認定の傷害の部位、程度、後遺障害の内容、程度と、当裁判所に顕著な満七一歳の男性の平均余命(平成六年簡易生命表によると一二・四八年である。)に照らすと、原告は、少なくとも一二年間は相当の付添看護が終始必要であることが認められ、これを一日あたり金二〇〇〇円と評価するのが相当である。
したがって、本件事故時における現価を求めるために、中間利息の控除につき新ホフマン方式によると(本件事故時から症状固定時までを三年、症状固定時からの付添看護必要期間を一二年として計算する。なお、一五年の新ホフマン係数は一〇・九八〇八、三年の新ホフマン係数は二・七三一〇である。)、将来の看護料は、次の計算式により、金六〇二万二三五四円となる。
計算式 2,000×365×(10.9808-2.7310)=6,022,354
(五) 通院交通費
甲第一二号証、弁論の全趣旨によると、兵庫医科大学病院への通院交通費(前記認定のとおり実通院日数は四九日。)は一日あたり金八六〇円、東神戸病院への通院交通費(前記認定のとおり実通院日数は六七日。)は一日あたり金四〇〇円であることが認められる。
したがって、通院交通費は、次の計算式により、金六万八九四〇円である。
計算式 860×49+400×67=68,940
なお、原告の主張する交通費のうち、原告入院中の近親者の交通費、及び、原告通院に伴う近親者の交通費は、これらを含めて付添看護料の金額を定めたので、付添看護料と別には認定しない。また、タクシー代については、その必要性、相当性を認めるに足りる証拠がない。
(六) 休業損害
甲第三号証の一ないし四、第一三、第一四号証、第一五号証の一ないし一四、弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故当時、株式会社精機工業所の取締役副社長であったこと、同社から年間金一三二〇万円の役員報酬を受けていたこと、本件事故のため、平成五年一二月に支給を受けるはずであった賞与金一八〇万円の支払を受けることができなかったこと、平成六年四月以降は休職の扱いとなり、給与を受けていないこと、平成六年に受けた給与は金二四〇万円であったことが認められる。
したがって、症状固定日である平成八年六月七日までの休業損害としては、平成五年分金一八〇万円、平成六年分金一〇八〇万円(金一三二〇万円から金二四〇万円を控除した残額)、平成七年分金一三二〇万円、平成八年分金五七三万四四二六円(次の計算式による一五九日間の日割計算。円未満切捨て。以下同様。)、以上合計金三一五三万四四二六円となる。
計算式 13,200,000÷366×159=5,734,426
なお、平成七年、原告の勤めていた株式会社精機工業所に対して会社更生開始決定が出されたことは当事者間に争いがない。しかし、甲第一三号証、弁論の全趣旨によると、原告が本件事故のために就労することができなくなったことが、右会社の営業不振の一因となったことが認められ、休業損害を算定するにあたっては、右会社更生開始決定を考慮しないのが相当である。
(七) 逸失利益
右認定の原告の後遺障害の程度、内容によると、原告は、右後遺障害のために労働能力のすべてを喪失したというべきである。
そして、原告の年齢(症状固定時満七一歳)、原告の就労する会社に平成七年に会社更生開始決定が出されたこと等に照らすと、右後遺障害による逸失利益を算定するにあたっては、本件事故時の原告の収入である一年あたり金一三二〇万円によるのは相当ではなく、賃金センサス平成六年度第一巻第一表の産業計、企業規模計、男子労働者、学歴計、六五歳~に記載された金額(これが年間金三七六万七一〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)を基準に、右金額を六年間得ることができなくなったとするのが相当である。
したがって、本件事故時における現価を求めるために、中間利息の控除につき新ホフマン方式によると(九年の新ホフマン係数は七・二七八二、三年の新ホフマン係数は二・七三一〇。)、後遺障害による逸失利益は、次の計算式により、金一七一二万九七五七円となる。
計算式 3,767,100×(7.2782-2.7310)=17,129,757
(八) 慰謝料
前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、入通院期間、この間の治療の経緯、後遺障害の内容、程度、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により生じた原告の精神的損害を慰謝するには、金二三五〇万円をもってするのが相当である(うち後遺障害に相当する慰謝料は金二〇五〇万円である。)。
(九) 小計
(一)ないし(八)の合計は金九八三〇万四八二八円である。
3 過失相殺
争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告の過失の割合を二〇パーセントとするのが相当であるから、過失相殺として、原告の損害から右割合を控除する。
したがって、右控除後の金額は、次の計算式により、金七八六四万三八六二円となる。
計算式 98,304,828×(1-0.2)=78,643,862
4 損害の填補
原告が、自動車損害賠償責任保険手続において金二五九〇万円を受領したこと、安田火災から金九二〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。
また、治療費等について判示したとおり、安田火災が吉田アーデント病院の治療費金一四万二六五八円を負担したこと、兵庫医科大学病院の治療費金一四九一万〇九〇〇円を負担したこと(被告の主張する限度による。)、東神戸病院の治療費金一〇三万六三二〇円を負担したこと、東神戸薬局の薬品代金一万〇九五六円を負担したことが認められ、川村義肢製作所の義肢代金一万二四一九円を負担したことは当事者間に争いがない。
したがって、以上合計金五一二一万三二五三円はすでに損害が填補されたものとして、右過失相殺後の金額から控除すると、残額は、金二七四三万〇六〇九円となる。
5 弁護士費用
原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護士費用を金二七〇万円とするのが相当である。
第四結論
よって、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永吉孝夫)
別表